センターサークルのその向こう-サッカー小説-

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「サッカー全般コラム」アーカイブ

先日、サッカーU23男子代表がリオ五輪出場を決めた。

みんなで盛り上がってほしいのだけど、サッカーを盛り上げてくれる、ブームをつくってくれる女性に優しいサッカー観戦の指南的なものが無かったので、マンガで学んでもらうといいのかなと思って、オススメマンガを紹介してみます。本当は前書きがもっと長かったんだけど、あまりに長いのであとがきにまわした。

高校サッカーの過去20大会振りかえってます。

その4はこちら。「高校サッカー選手権も終わったので、過去20大会を振り返ってみるよ-その4-

第91回(2012年度)【応援マネージャー:大野いと】

大会の中で注目を浴びたのは京都橘であろう。
つい2大会前に準優勝したばかりの久御山は京都代表である。その同じ京都から別の高校がたった2回目の出場でこれまた決勝まで進んでしまうのだから、高校サッカーはやはり戦国時代なのである。

高校サッカーの過去20大会振りかえってます。

その3はこちら。「高校サッカー選手権も終わったので、過去20大会を振り返ってみるよ-その3-

第87回(2008年度)【応援マネージャー:逢沢りな】

俗にいう「ハンパねぇ大会」である。(言われてないけど)

「ハンパねぇ」とは、とある現在まで語り継がれるストライカーに対して、対戦相手のDFが放った言葉だ。

正式にはこう。

「大迫半端ないって 後ろ向きのボールめっちゃトラップするもん。そんなんできひんやん普通」

高校サッカーの過去20大会振りかえってます。

その2はこちら。「高校サッカー選手権も終わったので、過去20大会を振り返ってみるよ-その2-

第83回(2004年度)

現在の日本代表に欠かせない選手やJリーグで主力として活躍する選手が数多く出場した大会である。ザキオカこと岡崎慎司、長友佑都、城後(後に福岡)、興梠(後に鹿島)、岩下敬輔(後に清水)、赤星(後に浦和)、渡辺広大(後に仙台)などなど。
なのであるが、この大会は間違いなく本田△こと本田圭佑の大会だろう
いや、最終的に本田を擁する星稜はベスト4で姿を消してしまう。優勝はしてないどころか決勝の舞台にも立てていないのだ。

高校サッカーの過去20大会振りかえってます。

その1はこちら。「高校サッカー選手権も終わったので、過去20大会を振り返ってみるよ-その1-

第79回(2000年度)

国見無双の幕開けの大会である。
というのも、この大会から国見高校は大久保(後にセレッソ)、その後に平山(後にFC東京・・・ ヘラクレスか)を要し、4年で3回全国優勝を記録するというビックリするほどの星の荒稼ぎをすることになる。結果として国見は帝京と並ぶ歴代(戦後)最多優勝校となる。

そういえば、もう長いこと毎年高校サッカーを観ているなと思って。
自分の備忘録も兼ねてまとめてみようかなと。
完全に自分の独断と偏見によって書きだしたものなので悪しからず(いろいろ)。

そしてキリが良いのでって言いたいけど、自分がちゃんと覚えているのがいまから20大会前の75回大会(1996年度大会)なので、そこから振り返っていこうかなと。でも記憶ベースなので事実とだいぶ違うかもしれないのでそこんとこはご指摘いただけると嬉しいです。

ではさっそく。


第75回(1996年度)

第75回と銘打っておいていきなりそれより過去の大会の話をするが、実はこの一つ前の大会も覚えてはいる。たしか、静学(静岡学園)と鹿実(鹿児島実業)がどちらも延長まで譲らず、最後の「両校優勝」になった大会だったはずだ。ただ、それ以外覚えていないのでw次の大会の話から進めるが、つまり、これ以降はPKがあり、必ず単独優勝校が生まれているということだ。

佐野弘樹、というサッカー選手をご存じだろうか。おそらく、ほとんどの人が知らない選手だと思う。だが、僕はこの選手がとても好きだ。

どこの選手かというと、専修大学。そう、昨年まで関東大学リーグ4連覇を達成した強豪大学サッカー部だ。といいながら、僕は専修大学サッカー部の試合を一度も見たことが無い。4年間、情報を追っていただけだった。一度は観戦に行こうと思っていたのだが、また今度~と言ってる間に4年が経ち、とうとう先日大学サッカーを引退してしまった。

昨日はミラノダービーでした。我らが長友は出たけど世界のHONDAが出なくて残念無念。で、フジテレビさんが生中継をしてくれたので試合開始から本当にワクワクしてみてたんだけど、なんというか・・・うーん・・・。つらい。見てるのがつらい。こんなにつらいことあるのかというぐらい見ててつらかった。ミランのサッカーがクズ過ぎる。こんなんじゃ本田が出ようが出まいがあんまり関係ないなとすら思った。本田がマラドーナだったら話は別なんだけど。マラドーナでもメッシでもないし。

というわけでご覧の通りナイジェル・デ・ヨングの1点でミランが勝利したわけだけど、どうにもねぇ・・・。

http://sankei.jp.msn.com/sports/news/120703/scr12070318020001-n1.htm 
現役引退を表明したサッカー元日本代表MF藤田俊哉(40)が3日、都内で会見を開き、今後はオランダで指導者の道を歩む意向を明らかにした。日本協会の公認S級ライセンス取得後、来夏から日本代表DF吉田麻也が所属する同国1部リーグのVVVフェンロで新たなキャリアをスタートさせる。  

これはまた驚きました。
てっきり名波のようにしばらくは解説者に落ち着いて、ジュビロのアドバイザーにでもなるんだとばかり・・・。

いや、しかしタイプ的に名波のように思慮深いタイプでもなく、感覚肌な選手なので解説者向きではないのかもしれませんね。そして、ついにこの時が来たかと思いました。選手の欧州挑戦が当り前になってきて、マンチェスターUに行くような選手まで出てくるこの時代、監督だって欧州で活躍してほしいなと思っていました。その一番手は岡田武史監督だと思っていたのですが、まさか藤田俊哉がそこに挑むとは。

名波と、どちらが先にジュビロの監督になるんでしょうね。
サッカー観が似ている2人ですから、どちらかが監督、どちらかがヘッドコーチなんてのも良いかなと思います。
(上下関係的にうまくいかない気もしますがw)




http://www.sanspo.com/soccer/news/20120628/jle12062805030002-n1.html 

 J1磐田などで活躍した元日本代表MFで、昨季はJ2千葉でプレーした藤田俊哉(40)が27日、現役引退を表明した。7月3日に記者会見を開く予定。

 静岡県出身の藤田は清水商高、筑波大を経て1994年に磐田入り。3度のリーグ優勝などに貢献した。2001年にはJリーグ最優秀選手賞に輝き、ベストイレブンには3度選出された。

 03年にはオランダリーグのユトレヒトでプレー。日本復帰後はJ1名古屋やJ2熊本にも在籍し、昨季限りで千葉を退団していた。J1通算は419試合出場で100ゴール。日本代表では国際Aマッチ24試合出場で3得点を挙げた。


切ないですね。
名波を教祖と崇める自分にとって、そのパートナーだった藤田は、思い入れのある選手の一人です。

小野伸二も、中村俊輔も、中田英寿も、小笠原満男も、みんな好きでした。
中村憲剛も、本田圭佑も、遠藤保仁も、みんな好きです。
でも、藤田俊哉には、彼らにはない魅力があったんですよね。
何よりもその得点力。本田や中村俊輔にだって得点力はありますが、藤田の持つそれは異質のものだと思います。中盤の点取り屋といって差し支えないほどの得点感覚。いまもってJリーグのMFの通算得点記録としては藤田がNo.1です。

http://www.j-league.or.jp/data/view.php?d=j1data&g=j1_0&t=t_score&y=2012
 

信じられないですね。
身体が強いわけでもない、物凄くドリブルが上手いわけでもない、スピードがあるわけでもない、FKが上手いわけでもない、ミドルシュートが特別上手いわけでもない。そのスルスルっと抜けていく感覚、そして何よりも抜群のサッカーセンス。きっと、本当に「サッカーが上手い」というのは彼のような選手のことをいうのだと思います。

藤田に関しては以前にも書きました。

オシムサッカーを見ていると切なくなる。

最後に、藤田。
この人こそ、日本の宝の持ち腐れのまま現在に至ってしまった選手でしょう。いやあ、ほんと上手い。俊輔や小野のような、足元で球をこねて観客を沸かせるような選手ではない。でも、中盤で動き回り、狭い地域でも苦としないトラップ技術、そして中盤の密集地からスルスルっと抜けて、完璧なトラップからのゴール。年齢的な全盛期だったと思われる時に、代表にこの選手のポジションはなかった。そこには「ファンタジスタ型」の選手が一人入るだけで、他は職人達のポジションしかない。いまもって、この選手を世界に売れなかったのがとてつもなく悲しいです。走りながらのボールコントロールが本当にすばらしい。だから、密集地でも裏をかくプレーができるんでしょうね。森島や加藤望ほどの運動量はなかったけど、それでも日本人が愛してきた"ファンタジスタ"よりは数段上の心肺機能を持っていたと思います。


世が世なら、彼は 中盤の点取り屋として 日本代表でもっともっと活躍していたかもしれません。
それだけが、少し残念です。

藤田選手、お疲れ様でした。
素晴らしいプレーの数々、忘れません。
責任をもって語り継がせてもらいます。