センターサークルのその向こう-サッカー小説-

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サッカーコラム

太田宏介。

という選手をご存知ですか?
清水エスパルス所属のサッカー選手です。

「清水、今節小野、ボスナー、太田出場停止」


ああ、凄いなあ、よかったなあと思います。
いや、出場停止は喜ぶべきことではないです。が、そう言われる位置まで来たのかと、それが嬉しいのです。

この選手、一度生で観戦したことがあるのです。
もう五年前だろうか。
http://kiyonagakeiji.info/rensai/2006/01/51626696.html
高校選手権神奈川代表 麻布大淵野辺高校の選手として。
そう、たまに僕がここでふれている川崎Fの小林悠と同期で、一緒に選手権を戦った二人です。

太田は高校卒業後横浜FCに入団します。
たしか、選手権開催前から内定していたはずです。
凄いなあ。選手権開催前から内定しているというのは、最近では珍しいのですよ。

選手権は残念ながら一回戦負け。
太田も目立った活躍はできず、Jリーグ入り後も苦しい思いをするだろうなと思っていました。その通り、ルーキーイヤーはほとんど出場機会なく終わります。一年目ならとりわけ珍しいことでもないけれども、そのまま消えていく選手もこれまた珍しくない。いや、むしろそれが普通。いま、W杯出場をかけて戦っている選手なんて全員超一流で、実際は食べるのもままならない選手の方が遥かに多いのです。しかも、これが鹿島やG大阪、横浜Mのような名門ならまだしも、J2でも下位にいた横浜FCというのが厳しい。

しかし、太田は二年目の途中から徐々に試合に出始める。
当時から「太田はどうなったかな」とたまに探していたので、今でも覚えています。高校時代10番を背負ったテクニシャンである彼が与えられたポジション、どこだと思います?


答えはセンターバック


これは辛い。
求められるものが全く違う。
攻撃の中心にいるべき選手が、完全な守備職人をやらされるという葛藤。
左利きのテクニシャンで左サイドを主戦場とする彼は、プロ入り後は左サイドバックも自身のポジションとして捉えていたが、まさかセンターバックとは・・・・。経験の無い人にはなかなか理解しづらい話かもしれないが、自分のポジションがあり、そこでこそ自分が輝くと思っていればいるほど、他のポジションでのプレーは受け入れがたくなる。例えるなら、デザイナーやアーティストなのに事務や会場設営をやらされるようなものです。当然、自分のポジションには他の人間が立つ。こうなると、自身の目標や天分を全うするために、別のポジションを拒否する選手も珍しくない。これはこれで、一本で勝負することで寄り道せず、後に開花することもあるので、一概にどちらが良いともいえないが、確率で言えばまちがいなくポジションにこだわる方が先の未来が開けないことの方が多い。監督の評価を覆すためにはまずはピッチに立たないと話になりませんから。

2007年シーズン、横浜FCは結局1年でJ2に降格することになる。
しかしともかく太田は、高木監督(当時)の信頼を勝ち得て、センターバックで定位置を確保した。
当時、彼にどんな葛藤があったか詳しくは知らない。しかし、ポジションに対する葛藤はあったに違いないが、ともかく事実として、彼はピッチに立ち続けた。そしてとうとう、高校選手権1回戦敗退の選手が、U20日本代表に追加召集という滑り込みで合流し、その後、U20ナイジェリアW杯に左サイドバックとして出場するまでに至る。これは、どうやらサテライト時代にも腐らずにプレーを続け、U20のスカウトチームがそれを観ていたかららしいです。

2008年。チームは降格し、太田はポジションを失う。
しかし、ここでまた、素晴らしい出会いがある。
横浜FCの監督に就任したのは、あの伝説の左サイドバック、都並だったのです。
知らない人がほとんどだと思いますが、都並と言えば、日本の左サイドバックの開祖と言われる存在で、日本人で初めて「左足(逆足)でセンタリングをあげた左サイドバック」です。日本代表に都並ありと言われ、あのドーハの悲劇の遠因には都並のケガによる不在があったとすら言われている。都並の不在を各国につかれ、そしてドーハの悲劇がおこるイラク戦の最後まで都並の代役を見つけられなかったことが、オフト監督の最大の失敗だとすら言われている選手。

その都並に、直々に左サイドバックの指導を受ける。
その教えを一身に受けた彼は、伝説の左サイドバックの指導の下、横浜FCの左サイドバックでスタメンを奪い、持ち前のテクニック、パスセンスを生かし、ドリブル、高精度なクロスを武器に地位を築く。

2009年。
そんな彼をJ1のクラブが獲得に乗り出した。
正確な情報は無いが、清水、大宮、広島、G大阪が接触したらしい。
その中で、彼は清水エスパルスを選択する。
しかし、ここも簡単ではない。むしろ横浜FCよりもずっと難しい。
兵働もこのポジションを出来るし、児玉という守備力に長けた選手もいる。一期上には選手権優勝した、センターバックを主ポジションとしながら足元も巧みでサイドバックもこなせる岩下もいる。正直「大宮や広島の方が・・・・」と思った。そしてその通り、太田はすぐレギュラーとはならなかった。しかし、それでもめげずに、彼は最終的に長谷川監督の信頼を勝ち取り清水エスパルスの左サイドバックとしてスタメンを確保します。

そして、冒頭の一行に至ります。
Jリーグで他を圧倒するパスサッカーを見せ付ける清水のスターティングの11人に名を連ね、そしてその攻撃サッカーの中でもかなりの資質を必要とされるサイドバックとして彼はピッチに立ち、とうとう、首位を走るクラブにおいて不在を嘆かれる存在にまでなった。そのドリブルで、そのパスで、そしてJ1で戦える守備力で、彼は清水のパスサッカーを担っている。

そんな太田は、実質若手中心B代表とはいえとうとう日本代表にまで登り詰めます。
イエメン戦、彼は左サイドバックとして先発フル出場を果たす。

本当に凄いですよね。
この4年間、彼が消えてしまう可能性、タイミングは幾度となくあったと思います。
それぐらい、Jリーグは厳しい世界なのです。
怪物と言われた平山もおぼつかない。いや、平山なんていい方。

驚異的な強さを誇った市立船橋の永井俊太、本橋卓巳、原竜太。
高校3冠の翌年、高校選手権2連覇を果たした宮原裕司、金古聖司。
あのスペインのA・マドリードユースで日本人ながら10番を背負った玉乃淳。
どの選手も、日本の将来を背負うと言われていた逸材。
しかし全員、桧舞台からは去ってしまいました。
本橋と金古以外はすでに引退、Jリーグにいたっては、本橋のみです(栃木SC)。
また、僕と同期で桐蔭学園出身の原田慎太郎、習志野出身の吉野智行(玉田と同期)という、その年の選手権の2大スター候補と言われた二人も、すでにJリーグにはいません。

たかだか1度や2度選手権に出場経験がある程度の高校の(神奈川には超名門がもっとたくさんある)、一回戦敗退で大会優秀選手にも入らなかった選手が生き抜くことがどれだけ大変な世界か。その中で、太田は腐らずに戦い続け、いま清水エスパルスのスターティングに名を連ねているわけです。あの、天才小野からパスを受け、日本代表エースの岡崎にセンタリングをあげるポジションを掴んだのです。そしてそれは、紛れも無く彼がピッチの内外で戦い続け、腐らずに監督の要求に真摯にこたえ続けてきた結果だと思うのです。清水の左サイドバックにたまたまいられるわけじゃない。そこにはきっと、伝説の左サイドバック都並から受け取ったものもたくさんあるだろうし、センターバックとしてピッチに立ち続けた時の経験、とくにい守備力が絶対生きているはずです。むしろ、それがなきゃいま日本平のピッチに立つことは出来ていないはず。人生に無駄ってないんですね。

どんなポジションでも腐らず、ひたむきに取り組みA代表まで登り詰めた彼を素直に尊敬します。
そして、そんな選手を、一試合でも、彼の高校時代に観ることができたことをとても幸運に思います。
あの日、あの試合を三ツ沢で観戦し彼を観たままずっと追い続けていたのは、横浜FCサポーターを除けば僕ぐらいのもんでしょう。

高校サッカーを観続けると、こういうことがあるから楽しいのです。

あの日、あの試合、太田より強烈な輝きを放っていた小林悠はすぐにはJリーグに入れませんでしたが、大学で頭角を現し、ついに川崎Fの一員となりました。これからが楽しみです。

また、彼らの翌年に選手権予選で素晴らしいプレーを見せた武相高校出身の武藤雄樹は現在流通経済大学でサッカーを続けているそうです。

2008年、日大藤沢で10番を背負ったエースストライカー、首藤は現在日本大学でサッカーを。

太田や小林の翌年、選手権に出場した桐光学園で左サイドで強烈なドリブルを見せていた北井佑季は、FC町田ゼルビアで頑張っているみたいです。


みんなみんな、高校選手権で生で観た選手です。
頑張って欲しいものですし、やっぱり出てくると嬉しいです。

厳しい世界です。
太田とて、これからまたいつポジションを失うかもわからない。
でも、全く想像だにしなかった「A代表」と「J1首位クラブのスタメン」を彼は手に入れました。
だから、この先もまだまだわかりません。

南アフリカは間に合わないと思うけど、4年後ブラジルの地に彼が立っている可能性は十分にあります。
皆さん、太田宏介という選手を注目してみてください。
もしかすると、もしかするかもしれません。

願わくば、この日記が”先見の明があった”となることを夢見ます。

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