センターサークルのその向こう-サッカー小説-

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サッカーコラム

【コートジボワール戦考察】あえて敗因をたった一つの要素に求めたい。1/2

soccerball_mini.jpg悔しい。これほど悔しいとは。
四年前は、このたった一つの心情を味わいたくない一心で応援していたのを思い出した。他に期待はなかったのだ。とにかく、もう負けるのは嫌だった。一勝もしないでW杯を去るのは嫌だった。その屈辱を四年も抱えてきた。W杯というのは、そういう大会だ。その間にどんなに日本代表が強敵に勝とうとも、Jリーグが盛り上がろうとも、どこかで頭をよぎる。

「まだあの時負けた借りを返せていない」

今大会もそれは変わらない。
もしこのまま何もできずにグループリーグ敗退すれば、このあと四年間、また日本サッカーはコンプレックスと戦い続けることになるだろう
ただ、ではただただ勝てば良いかというとそうもいかない。それはもう四年前に通過してきたところだ。四年前にパラグアイに負けたとき、おそらく日本サッカーに関わるすべての人が思ったはずだ。

「このサッカーではここが限界だ。このままではこれ以上の世界と戦えない」
「戦術ではなく個そのもののレベルアップが必要だ」

と。
そして、贔屓目も脚色もなく、現日本代表メンバーはそれを実現したメンバーであることに疑いはないはずだ。四年前の彼らより数段のレベルアップを遂げているのは間違いない。この前提をもって、逆転負けを喫したコートジボワール戦を振り返ってみようと思う。いつか、数年後、この記事が自分にとって改めて日本サッカーを見直す時に役立つことを祈って。


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定石通りだったスタメン

長谷部と山口蛍のダブルボランチは割と驚かれたようだったが、少なくとも僕はこれが初戦においてはベストだと思っていた。なぜなら、「初戦だから」。W杯の初戦というのは、およそどんな国でも固くなる。身体も、心理も。4年に一度の、その先の結果を占ううえで重要な一戦だからこそ。サッカーが「究極的にはやってみなければわからない」という性質を持つ以上、それは仕方のないことで、この呪縛から解き放たれる国があるとしたらおそらくブラジルくらいのものだろう。

その初戦において、緊張で身体や心が固くなると、当然思うようなサッカーはできなくなる。どうしても慎重になってしまうし、ロングボール(というより大きく蹴りだす)が普段より多くなるのは自然な現象で、これは南アの初戦カメルーン戦もそうだったと遠藤が著書(眼・術・戦 ヤット流ゲームメイクの極意 )で語っている。その場合、スタメンに遠藤を起用するのは非常にリスキーだ。なぜなら遠藤は「基本的に味方が不用意にボールを失うことはない想定でゲームを組み立てている」からだ。

遠藤は決してリスクマネジメントができない選手ではない。いや、むしろ、リスクマネジメントにおいては最も優れているのが遠藤保仁という選手だろう。ただ、その根底に流れているのは「非常に攻撃的なサッカー」なのだ。だからこそガンバ大阪は全盛期に「ガンバスコア」になったわけで。その遠藤が入ると、試合のペースはともかく、ボールの移動は必然的の多く、速くなる。味方がそれについてこれればいいが、ついてこれずに不用意なミスを連発したり、そうでなくともことあるごとにロングボールを蹴ってしまっていては逆にペースがつかめなくなる。

そのうえ、遠藤とて衰えはある。いまもって日本代表随一のスーパーコンピューターを持つ彼ではあるが、「ヤットだって年々少しずつ遅くなっている」by中村俊輔 という事実は否定しきれない。少しずつ、遅く、弱くなるのは仕方がない。しかしそれは対人守備力の減退を指すのも事実であり、つまり、「年々、対人守備では貢献度が下がっている」ということだ。
W杯の初戦において、固くなった身体、チームで戦うことを考えれば、「まずは安定して試合に入る」ことが重要でありそのために「中盤でファイトできる選手を選ぶ」というのが定石だ。そう考えれば、山口の起用は絶対であるし、長谷部も言わずもがな。長谷部にいたっては精神的支柱である面もある。相手が相当な弱小国でない限り、初戦のダブルボランチはこれがベストだったと思われる。

慎重過ぎた日本代表。その答えはオシムの言葉に

ダブルボランチの選定が「安定してゲームに入ること」とすれば、開始10分は想定通りであり、悪い展開ではなかったはずだ。そしてそういう意味では、試合を通して山口蛍のプレーは決して彼の役割からすれば悪い内容ではなかったとも思う。悪かったのはそれ以外のメンバーとそれに影響されたチーム全体であり、山口蛍はある程度自分の仕事をできていたのではないかと思う。

さて、他のメンバーの何が悪かったのか。
すでに各所で様々な分析が出てきており、ハフィントンポストでは試合のデータから考察されたものも出てきた(余談だが、このハフポストの記事は数字に踊らされ過ぎだと思う。数字でなんでもわかるならサッカーの分析はこれほど面白くはならなかったはずだ。数字だけじゃまったくわからないからこそ、サッカーは面白い)
敗戦の要因をひもとけば、大抵はいろいろな事象が出てくるものであり、そしてそれを一つに集約するのは大概において不可能だ。でも、僕は、あえて一つの理由に集約させたい。そして、本当にそれが原因だとも思っている。

オシム「日本選手は相手をリスペクトしすぎる」

慎重に入りすぎたのではないかと思う。香川は試合後に「相手の前線を脅威に感じていたため、攻撃の姿勢を見せられなかったとすごく感じていた」と語っている。確かに、カルーもジェルビーニョも脅威ではあったが完全にやられていたかというとそうでもない。というより、日本がドン引きしたあとの波状攻撃はしんどかったがその時にしてもそれ以前にしてもコートジボワールは効果的な攻撃はできていなかったし、やっぱりヤヤ・トゥーレは孤立していた。
問題は、その時間が長かったことだ。コートジボワールの攻撃の質じゃない。量の方が問題だった。いくら組織的に守ったとしてもあれだけ波状攻撃をかけられたら体力を消耗するのは当然のことで、あれをやられたら後半もうまくいかないのは致し方ない。

ここからは推測にすぎないが、おそらく日本代表メンバーは心理的に固くなりすぎたのではないかと考える。

これまで何度も見てきた光景だったはず

日本代表というのは、悲しいかな、だいたい本番に弱い(笑)
また、格上に強く、格下に弱い。はたまた、本番で良いサッカーをするのはだいたいピンチになったあと。それは現日本代表だけでなく、それこそドーハの頃から何度も見てきた光景だ。Jリーグ創設後、見る見る力をつけていった日本代表は欧州遠征で列強相手に目覚ましい活躍を見せたかと思うと、自国に戻ってアジアの格下相手に無様な試合を繰り広げたりする。
そんな姿、もう何度も見てきた。そもそも試合の入りがまるで違う。欧州で一流国相手にやるとイケイケなのに、格下とやると途端に引きこもったりする。これは日本の教育や文化そのものに起因すると思うが、日本人は失敗が嫌いなのだ。大嫌い。だから、失敗したときのリスクが大きいほど、そのリスクを軽減する方に動く傾向がある。

本番で良いサッカーをするのがだいたいピンチになったあとというのも同様で、要するに「これでダメならもう後がない。失うものなどもう何もない」という状態になると、だいたいいつも良いサッカーをする。おそらく、そういう国民性なのだ。僕も、あなたも、日本代表メンバーも(違うのは本田圭佑ぐらいだろう)。南ア日本代表がそうならなかったのは、あの戦術がそもそも「卑屈の極み」だったからだと思う。

いや、言わせてもらえばあの戦術そのものは決して「守備的」ではない。だったら岩政を投入して5バックで完全に蓋をして、カウンターに徹した方がいい。そしてそれなら遠藤は外すべきだ。間違いなくあのサッカーは「岡田JAPANサッカー」の延長線上にあるいくつかの分岐点の先にあるもので、完全に守備的かというとそうでもない。そうでもないが、あれがスペインに近づこうとしている者の姿かと言うとさすがにそうではない。基本的には「個でも連動でも勝てない」となった上での戦術だった
要するに「初めから終わりまで体や心が固くなって自由な攻撃などできない」ということを前提にした戦術だった。だから、逆に自信を持って戦えたのだろうと思う。しかし、今回はそうじゃない。チャレンジに行っているからこそ、弱い部分が出てしまった。

そして、ちょうど1年前にも同じ光景を見たはず。王者ブラジル相手に、そもそもの自分たちのサッカーすら忘れて怯えきったまま試合が終わったあのとき。あのとき、日本代表が抱えていたのはコンディションでも組織力でもなく、メンタルだった。

要するに、僕らの日本代表がいつもの悪癖を出したよねというだけのこと

だと、僕は思うのだ。いや、そうじゃないのかもしれない。
コンディション調整に失敗したのかもしれないし、この方の言う通り単純に彼我戦力の差なのかもしれない。ただ、僕にはどうにもそう思えないのだ。それは、これまで日本代表が見せてきたサッカー、対戦国、そして現日本代表のメンバーを見れば、あれほどの差が、実際の実力として(それはなんだって話だけど)あるとは思えない。

べつにクラブ名や名声がサッカーをするわけではないが、長友はインテルで何度かキャプテンマークを巻き、本田はミランの10番、そして香川はモイーズが来るまではマンUでもじゅうぶんに活躍を見せていた逸材だ。メッシやネイマール、クリスティアーノ・ロナウドではないにしても、しかし世界のどこに出してもなんら見劣りするものではない

ただただ、僕らの日本代表は、いつも通りにド緊張して、W杯の重みを感じ、体が硬く重くなり、慎重になり過ぎたのではないかと思う。そう、いつも通り。事実、それまではまったくコンディションに問題を感じさせることはなかったのだから(怪我あけの選手はいたけれども)。裏を返せばまだ僕らの日本代表は「W杯初戦を自信を持って戦う」ほどには強くなかったということなのだろう。

日本の左サイドと香川の起用について

先述のハフポストの記事で「日本の左サイドが狙われた」とある
コートジボワールがどこまで戦前にそれを想定して戦術を組んだかについては甚だ疑わしい部分があるのだが、少なくともあの試合中において狙われたのは事実であろうと思う。

ただ、そんなのは当たり前のことだ
誰だってそこが空いてりゃそこを狙う。相手の攻撃を封じ、ボールを奪って右が空いてりゃ右を狙うのは当然だし、大抵の場合においてサッカーのストロングポイントとはそのままウィークポイントになる。攻撃に出ればその裏は守備が薄くなるし、攻守ともにリスクがないのだとすれば運動量が行き過ぎていることになる。一人の天才がいればその選手を封じられたときの策が弱いものだろう。そのウィークポイントを突かれたらどうするんだという話だが、そうそう突かれない、破られないからこそストロングポイントなのであって、天才は他を圧倒し続けるから天才なのだ。要するに、誰だってそこを狙うし、破られりゃ大抵はピンチになる。

左サイドが狙われた、そして香川が守備に追われ機能しなかったというと、対応策としては香川のポジションに守備で計算が立つ選手を起用するのが定石ではあるが、じゃあそのあと誰が攻撃するんだという話になる。確かに香川のパフォーマンスは良くなかった。ミスも多かった。しかし、(僕の目には)フィジカルコンディションが悪いようには見えなかった。フィジカルコンディションという意味では、本田の方がよほど身体が重そうだった。
もともと香川は独力突破ができるタイプではない。周囲にサポートがある中で、巨人の間をすり抜けてプレーをすることに長けた選手である。孤立して生きるタイプではない。コートジボワール戦のような状況ではもともと活躍できるタイプではない。そして先述の「メンタル」でいえば、決して香川はメンタルが弱いタイプだとは思わないが、本田よりだいぶ「慎重になるタイプ」ではあると思う。

香川はきっと活躍できる。絶対にその力はある。ドルトムントであれだけのプレーを披露し、マンUでも機会を与えられればちゃんと結果を残してきた香川に、力がないはずがない。
そして、ここで香川をひっこめたら、それこそ日本代表の終わりなんだ。左サイドが狙われている?だったら、僕らのNo.10を信じて、相手を破壊してくれる方に賭けをすべきだと思う。そうでなければ、どのみち未来がない。左サイドの守備力を強化したところで、その先がない。片翼を奪われた本田圭佑はより厳しくなるだけだ。

もともと香川に期待している時点で、もう戻れないんだ。左サイドが狙われてるなら、しいて言えば右からスライドして守備を厚くするかぐらいで、何においても、香川と長友に相手に勝ってもらわないことには、日本代表のサッカーは立ち行かない。そして、香川には、それができるはずだ。

後編に続く「【コートジボワール戦考察】あえて敗因をたった一つの要素に求めたい。2/2


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