センターサークルのその向こう-サッカー小説-

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サッカーコラム

高校サッカー選手権も終わったので、過去20大会を振り返ってみるよ-その2-

高校サッカーの過去20大会振りかえってます。

その1はこちら。「高校サッカー選手権も終わったので、過去20大会を振り返ってみるよ-その1-

第79回(2000年度)

国見無双の幕開けの大会である。
というのも、この大会から国見高校は大久保(後にセレッソ)、その後に平山(後にFC東京・・・ ヘラクレスか)を要し、4年で3回全国優勝を記録するというビックリするほどの星の荒稼ぎをすることになる。結果として国見は帝京と並ぶ歴代(戦後)最多優勝校となる。

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というわけで、この大会は国見無双の幕開けをけん引した大久保嘉人の大会である(そしてたしか東福岡以来の高校3冠を達成することにもなる)。当時の大久保はいまのような生粋のゴールハンターとは違い、得点も取れるシャドーストライカーでありチャンスメーカーだった(たしかMF登録で国見3-4-3のトップ下だった気がするが覚えてない)。
にもかかわらずこの大会で得点王をとってしまうのだから、それはそれは大変な才能だった。生粋のFWではなく10番をつけ、実際に10番的なプレーを披露していたのだから(ちなみに、大久保は大会後すぐにいまのようなFWになったわけではなく、セレッソでプロデビューしてからもMFとしての活躍の方が長かったはず)。

そして、大久保は大会後にJ13クラブ・・・ぐらいwからスカウトを受けることになる。要はそれぐらいセンセーショナルな選手だったということだ。
また、この国見にはもう一人、大久保とのホットラインを持っていた韋駄天・松橋章太(後に大分)も忘れられない。なんというかまあとにかく速かった。衝撃的な速さだった。国見の得点シーンはほとんどこの大久保がポーンと出したパスに松橋が走りこんで決めるか折り返して大久保がゴールするかだったような気がする。

プロデビューからずっと良くも悪くも華々しい道を歩むことになる大久保とは対照的に、プロデビュー後はしばらくパッとせず表舞台から消えてしまっていたが、しばらくしてその才能が開花し、日本代表に選出されるまでに至るのだから、サッカーは何が起きるかわからない。

なお、この大会には国見のメンバーとして徳永悠平(後にFC東京)が出ていたはずなのだが、あまり覚えてない(なぜだろう?)。
そしてさらに大久保フィーバーだったはずなのに動画もまったく転がってない(まあ、無いのが普通なんだけど)。

ちなみに「前回優勝校シード枠」という謎の制度を今大会のみ導入し、前回優勝校の市立船橋が出場している(千葉県予選は普通に別で行われているので、つまり千葉県は2校出場していたことになる)。ナショナルチームと違い、どうあがいたって絶対に選手権で中心となる3年生は全員いなくなる(卒業するから)という高校サッカーなのに、サッカー協会はいったい何がしたかったのか。だいぶ謎である。


第80回(2001年度)

ごめんなさい。
なぜかこの年はまるで記憶が無い。
国見が優勝することになるのだが、何がどうして国見が勝ったのかまるで覚えていない。たしか怪物こと阿部祐大朗(後に横浜Fマリノス)が出ていたはずだが、見事にサクッと敗退して大会から姿を消していたはずである。
ネットを探してもこれといった情報が見当たらず、見つけたのはWeb1.0感満載の日テレの公式サイト(http://www.ntv.co.jp/soc/soc80/)のみだった。


第81回(2002年度)

よし、この大会は覚えているぞ(80回大会関係者、選手の皆さんほんとごめんなさい)。この大会は国見無双全盛期&怪物対決の大会である。
厳密には「卒業後には怪物じゃなくなった対決」であり、ファンとしては残念でありながらも切なく甘い(甘いのか?)思い出が詰まった大会でもある。

一人目の怪物はおそらくいまほとんどの人が知らない、前述の桐蔭学園・阿部祐大朗(後に横浜Fマリノス。もう一回書いとく)だ。桐蔭中学時代に1年時からレギュラーを獲得し全国大会準優勝2回を誇る。アンダー世代の日本代表にもエースとして名を連ねていた。長身にもかかわらず、戦術理解、スピード、足元の技術に優れ、強化指定選手として横浜Fマリノスにも参加していたサッカー界全体が大変な期待をしていた選手である。

一方、もう一人の怪物とは皆様ご存じであろう、国見・平山相太である。こちらは阿部の183㎝を優に超える190㎝を誇る文字通りの怪物。この見事な体躯に加えて足元の技術、とりわけトラップに優れたバケモノストライカーだった。

結果は(きっと世間的にはぼんやりと)ご存知の通り、準決勝で直接対決が行われ国見が2-1で桐蔭学園を下すことになる。平山は国見の先制点を取り、阿部は無得点に終わってしまう。

ものすごい余談だが、この年の桐蔭学園にはMFに斉藤智裕という選手が出ており、この選手はあの俳優の水嶋ヒロである。

そしてこっちが本来あるべき余談。
この大会そのものとは直接関係はないが、この怪物対決の明暗はその後くっきりと分かれてしまう。日本サッカー界における現在の知名度が最もそれを物語っているが、平山は結局その怪物ぶりを見せることは無いものの(いや、まだわからない。ロシアのピッチに立っている可能性はじゅうぶんにある。それがサッカーだ)、まだFC東京で現役プレーヤーとして活躍している(ここのところは怪我続きだが)。
一方の阿部の方はほとんどの方がご存じないだろう。鳴り物入りで横浜Fマリノスに入団し、その後U20ワールドユース本大会に出るものの、目立った活躍はそこまでで、横浜Fマリノスでは芽が出ずJ2クラブを渡り歩いた後にひっそりと引退してしまった(現在はウェディングプランナーをしているらしい)。まことにまことに残念である。

いや、残念なのだがそれ以上に思うことは、おいマリノスよお前いったい何をしてくれてるんだ
この横浜Fマリノスというクラブはなんでか知らんがやたらと長身ポストプレイヤータイプのFWが大好きである。なぜそう思うかというと、この2年前にも超高校級と騒がれまくった前述の鹿児島実業・田原豊を新卒で獲得している。そして育成できずに放出している。田原豊を獲得し放出、そしてすぐに新卒で阿部を獲得しこれもまた育成できず2年で放出。その後に、ユースからハーフナー・マイクも獲得するがやっぱり育てられずに放出(でも後に日本代表)。さらに!国見→早稲田大学と進んだ大学No.1FWだった渡邉千真を獲得し、ルーキーイヤーには新人王を受賞する活躍を見せるが、その翌年に得点が半減すると(といっても7点とか8点はとってる)、ジュビロの大エース・前田遼一が欲しいと言い出す節操のなさである。お前は何がしたいんだ。渡邉千真を育てる気は無いんか。アホか、アホなのか。ちょっとは鹿島を見習ったらどうなんだコノヤロウ。

ということで、だいぶ話がそれてしまったが、長身ポストプレイヤー系のFWは横浜Fマリノスには入らない方がいいというのが僕の持論である(ちなみにマリノスはDF、MFの育成は割と良いと思っている)。

話を戻そう。
怪物対決を制した平山国見だったが、決勝では市立船橋に負けてしまう。
いや、実は市立船橋もこの年はかなり強かったのだ。
メンバーに増島(後にオグシオのシオの方と結婚、セント・フォース)、小川佳純(後に名古屋)、カレン・ロバート(後に磐田)、原一樹(後に清水)、青木良太(後にG大阪)、大久保裕樹(後に広島)、小宮山尊信(後に横浜Fマリノス)というそうそうたるメンバーだった。
国見も兵藤慎剛(後に横浜Fマリノス)、渡辺大剛(後に京都)、中村北斗(後に福岡)、柴崎晃誠(後に東京V)などなど、こちらもタレントぞろいだったのだが、市立船橋・小川の一発にやられることになる。

ただ、やはり国民に強く印象に残ったのは平山だったと記憶している。

そういえば、この大会から現役選手を起用する「応援リーダー」というものが毎回つくことになる。初回の今大会は小野伸二だった。本来なら全員ふれて行くところであるが、はっきり言って毎試合必ず見ているわけでもなさそうだし「ポスターとインタビューでなんか暑苦しいことを語ってはい終わり」という程度の絡みでしかない完全なる添え物扱いなので取り上げないことにする。

というか、最も不思議なのは歴代のうち何人かはそもそも高校選手権に出場してないない選手を抜擢しているところで、さらにさらによくわからんのは以降のモデルともなるべき初代の小野伸二すら選手権に出ていないという、いったいぜんたい何がやりたいのかさっぱりわからない企画なので、とりあげてもディスりしか出てこないのである。
(これの最も面白いのは「選手権本大会に出ていなくても県予選には出ていた」という言い訳が大半の選手には利くのだが、なんと静岡学園を8ヵ月で退学しているKINGカズが選ばれていることである。高校サッカーほとんど関わってない。なんなんだそれは)

第82回(2003年度)

怪物、平山相太完成披露試写会大会である。
もはや手の付けようがない。これが高校年代における、そして今大会における平山評であり、おそらく誰も否定しないだろう。それほどに、それほどに怪物だった。全サッカーファンが夢を抱いた。ついに世界に通用する怪物FWが日本にも誕生したと。
この大会で平山は9つの得点をたたき出し、大会得点王は当然のこと、1大会における当時の最多得点記録(後に半端ない彼に抜かれます)、さらに北嶋が保持していた選手権の通算得点記録を更新する(こっちは現在も平山が保持している)。

困ったことに、バケモノ過ぎて平山の大会となってしまいそれ以外に書くことが無い(笑)なんてたって、決勝が6-0、さらに相手の筑陽学園は平山対策に2~3人はつけていたというのに、それでも止まらない平山相太
それもそのはずで、このとき平山はすでにU20としてUAEで行われたワールドユースに出場し得点すらとっていた。国内の高校生に止められるはずがない。
平山についてはこちらに前に記事を書いたのでよければどうぞ。
育て方を間違えられた怪物「平山相太」【エルゴラ 14/04/21】

平山がいまなぜ日本代表のエースでないのかは↑の記事で思うところを書いたが、本当のところ一番の原因はそのFW向きでない性格なんじゃないかと思っている。電車内でおにぎり食べるぐらいぜんぜん許すので、性格も怪物になってほしい。

というわけで、ここでは厳密には今大会だけじゃないが、平山の選手権ゴール集を貼り付けておく。


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