センターサークルのその向こう-サッカー小説-

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コラム

「ジモティーが超つまらない」かどうか以前の問題。

なんというか、議論としてどうなんだという・・・。

地元に残る奴はつまらんとかいう人がいて。

するとかんどーさんがそれに反論をしていて。

なんというかかんというか、そもそも議論になってねぇだろという

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いや、正確には議論にはなっているのだがどっちもどっちというか、0か1かしかねぇのかよと

  • 片方は「ジモティーは超つまんない」と言う。
  • もう片方は「ジモティーは熱い人が多くてマナーもちゃんとしてるよ」(≒つまんなくないよ)と言う。

いやだから、0か1かしかないんですかと。

先に書いておくと、僕も「地元を出たことがないジモティーが超つまらない」というのは概ねその通りだと思っている。ただし、当たり前だがそうじゃない人もいるのも知っている。ちなみに書いておくと、一時期、九州の南の方に住んでいたことがある。それも北九州とか熊本とか鹿児島とかそういう全国的にある程度栄えているところではない、おそらく「地方」のど真ん中に入るようなところだ。だから、「地方にいる地元を出たことが無いジモティーがつまらない」というのもわかるし「そういう人ばかりではない」ということもわかっているつもりだ。

ただ、これはもう確率論として話すべきだと思うが、「地元を出たことがないジモティーが超つまらない人になりがちだ」というのは紛れもない事実だと思う。いや、この「つまらない」というのが曲者な言葉でそもそも人によって定義が違う。ただこれを「視野が狭い」と位置付ける(もしくはそれを根源とする)ならば、、「地元を出たことがないジモティーが超つまらない人になりがちだ」というのは確率論として揺るぎようのない事実だと思っている。

理屈としてはとても簡単な話で、視野を広げるためには違う世界を見ないと広がらない。逆に言えばいろいろな世界を見ている人の方が視野が広い、価値観が広い。ただこれもやっぱり確率論、割合の話でしか無く、世界一周をしたのにバカなままの人もいるし、ずっと日本にいるのに聡明で視野の広い人だっている。

これはゆとりとか、「一人っ子vs兄弟」の話でも良く出てくる話で、「一人っ子はわがままで甘えん坊」という風に良く言われるが、それはおおむね事実であり、全員ではないという意味で例外もあるだろう。確率論、割合として生まれてから成人に到るまで家庭内に「ライバル」がいない一人っ子というのはわがまま(というより自分以外にショートケーキのイチゴを欲しがる「他者」の存在がわからない)な人になりがちなのは事実だろうし、一方で一人っ子でも他者を思いやり、自分を律することのできる人はいくらでもいるだろう。

そして、その確率論において僕は地方にとどまっている人の多くがきらいだ。そういう意味では宮森さんと言う人とある程度価値観は似ているかもしれない。ただ、これだけは否定しておきたい。

ジモティーは人間関係が変化しないので、何年も何年も飲みの席で同じような話題を繰り返します。
彼らはそれが退屈なことだと気づいてるんですが、それ以上に面白い話ができないのでずっとそのままなのです。

ジモティーの中には地元最高!とよく声高に言う人がいます。
しかし、彼らは本当の地元の良さをわかっていません。

 

それの何がいけないんだよ。

いったい誰が「面白い話をしなきゃいけない」と決めつけたんだ。べつにいいじゃないか、いつも同じ話をしていたって。木更津キャッツのメンバーだっていつもビール飲みたいしか言ってねぇよ(まあ、だから面白いことしようとしてあがいてるけど)。地元最高!って叫んで何が悪いんだ。最高だと思ってるんだからそれでいいじゃないか。もちろん、たぶん相対的に見れば最高ではないはずだが、そんなもん(外をあえて見ないことも含めて)価値観なんだから、本人の自由だろう。

僕が地方の地元に残った人がきらいなのは、そういう価値観を押し付けてくるからだ。僕は価値観を押し付ける人が死ぬほど嫌いだ。なぜならそれは、自覚もなく他者を傷つけるから。その人がその人がいる地元を最高と思うかどうかはどうでもいいが、それに同意を求められても困るし、「他の方が良いとか空気読めねぇ奴」とか言われて価値観の狭いのはそっちの方なのに、逆にこっちに価値観狭いみたいな押しつけをしてくる奴がキライだ。

いや、だから、そうじゃない人もいる。そうじゃない人もいっぱい知っている。ただ、その多くは実は上京組みだったりする。東京に出て来て自分の住んでいたところとは違う人、価値観があることを知っているから、そういうことができる人が多い。そして、そういう意味で東京しか知らない人にも価値観の狭い人はやっぱり多い。ただ、(それは東京しか知らない人というのが証明している通り)やはり割合としては地元に残ったままの人の方が価値観を押し付けてくる人が多い。

これも非常に簡単な理屈で、価値観を押し付けてくる人はなぜ押し付けてくるかと言うと、自分以外の価値観を知らないからだ。自分以外の価値観があるということが本質的に理解できないから、「お前も同じだろ?」と無自覚に価値観を押し付けてくる。ゆえに、価値観が狭くなりがちな地方の地元民にそういう人が多い。これはもう(明確な数字を出せるわけではないが)理屈としてはそのままだと思う。

で、悲しいかな、そういう意味では「地元を出たことがないジモティーが超つまらない理由」とか言ってる人そのものが実は価値観の押し付けをしているんだけど、だぶんそれがわかってない。べつにつまんなくたっていいし、一生を地方で楽しく生きて終わっても誰にとがめられるものでもない。視野を広く、いろいろなことを理解して、面白く生きるのはたしかに有意義だが、なぜアンタが思う通りにすべての地方の人が生きなければならないのか。価値観の押し付け以外の何者でもない。

そういう意味ではかんどーさんと言う人の反論もトンチンカンで

宮森さんは今、東京に来て刺激がたくさんあって、ジモティーって薄い人生歩んでるなと感じるかもしれません。でもそれは瞬間風速のことなんです。今は宮森さんが速く動きすぎている。でも人間、そんな高速で動き続けられないものです。

そんな高速で動き続けられるかどうかってのは、残念ながら(数は少なくとも)高速で動き続けられる人もいる。変態だと思うが、ただ確実に存在する。そして、そもそも反論になってない。人生が薄いか濃いかなんてのは誰にも決められないというか、それこそ価値観だし、そもそも速く動かなきゃいけないと誰が決めたというのか。

「そんな高速で動き続けられない」じゃない。
「べつにゆっくり生きたって本人が楽しけりゃそれでいいだろ」だ。

僕はやっぱり地方に残ったままの地元民は嫌いだ。
価値観が狭いから。
たしかに言い訳がましい人も多い気もする。そんなに嫌なら出て行けばいいのにとも思う。だからそういう人は嫌いだ。自分の人生なんだから楽しくなるように選択すればいいだろうと。

でも、まともに議論ができない大人もさして変わらんだろうと思う。
色んな人がいていいのがこの世の中で、それこそが「価値観の広さ」だと思う。

一生田舎で生きる人も、上京して刺激を謳歌する人も、そのどちらでもなく安穏と生きる人もみんなそれでいい。大事なのは、誰だって自分の人生を楽しんで、そして自信を持って「楽しいよ!」と周りに言えることだろう。

僕はそういう大人でありたいし、そういう人と仲良くなりたい。

追記

ブクマでコメントもらっちゃったので続きを書きました。


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