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まほうのしょを手に入れた少年

たとえばその少年には魔法が必要だった。

「魔界塔士サ・ガ」というゲームをご存知だろうか。

1989年にゲームボーイで発売されたRPGだ。爆発的なヒットを記録し、おそらく20代後半~30代の男性なら多くの人が楽しんだこのゲームには、それまでのRPGとは一線を画すシステムがあった。
 
それは、アイテムや本で能力を強化するというもの。
 
ドラゴンクエストやファイナルファンタジーなど、それまでのRPGは戦闘をして得られる経験値をもとに主人公が成長していくシステムだった。一方でこの「サ・ガ」はモンスターを倒す必要はあったものの、あくまでもそこで得たお金で「ちからのもと」「すばやさのもと」などのアイテムを購入し、それを服用?することによって成長する。能力をお金で手に入れるというのはなんとも夢があるのかないのかよくわからないシステムだったが、何より驚いたのは「まほう」までがそうだったことだ。

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それまでなんとなく「まほう」は覚えるものだと思っていたのだが、この世界では例えば「ファイアのしょ」という書物を買うことで使えるようになる。その上、剣などの武器と同様に"使うほどに脆くなるという概念"の使用回数制限があった。
 
魔法の本で知識を得て実践することでそれが力となる。初めから魔法使いがいて魔法が勝手にレベルアップする仕組みに比べれば、なるほど、理に適っていると思う。面白いじゃないかと。もし、そんな本が現実に存在したらと僕は妄想を楽しむ。
例えばいじめられっ子の少年がその本を手にしたらどうなるだろう?世が世なら、きっと眼鏡をかけたその少年は自分を冷遇した家を出て魔法学校に行くのだろう。もちろん、これはお伽話だ。とても素敵で、実在しない話。
 
じゃあ例えば、こんな話はどうだろう。
思春期ど真ん中の彼は思ったことが言葉にできない、そんな少年だ。正確に言えば「言葉にできない」わけじゃない。彼は、幼少の頃からエリート街道まっしぐらの父に英才教育を施された秀才だ。勉強も難なくこなす彼は言葉を知らないわけでも、考えられないわけでもない。皮肉なことに、英才教育は少年から思いと言葉の間にあるパイプを断ってしまったのだ。
 
例えば、の話。
その少年にとある本を渡してみる。そこには、とある偉人が「遺書」という名で残した"真実の言葉"があった。
 
少年は、その本を読みふける。おそらく彼には衝撃だったのだ。言葉の一つ一つが。もし、少年の倍近く歳を重ねた僕が読んだらそんな反応はしない。偉大な"才能"が書いたとはいえ、すでに自我を確立しきった僕には違和感を覚える部分もいくらかある。何より言葉が汚い。「ウンコちゃん」「コノヤロー」なんて言葉が出てくるわ、自身のことを天才と言って憚らないわ、人によってはカチンと来ることもあるに違いない。
 
ただ、そこには紛れも無い「真実」が書いてあった。怒りをまじえながらも、その文体が吹き飛ぶほどに「正しいことを訴える」というエネルギーに満ちていた。本来少年に読ませるべきではないその本は、しかし間違いなく彼の何かを変える。
 
思えば「サ・ガ」の魔法は本を使うとはいえ、その威力は使う人の魔力に比例する。そうつまり、魔法学校に行く少年もそうであるように、もともとはその人が持っている能力だったのだ。本は力を形に変えるきっかけに過ぎない。
 
例えば思春期の少年は、その本から何かを読み取る。
きっとそれは、レールが敷かれた自分の環境に抗うための何か。
彼は迷っていた。自分に課せられた期待と、そうではない自分と、そして自分の膨らむ思考と。どれが正しいのか、どこに行くべきなのか。その本の中で"才能"はこう語る。
 
「反論も悪口も大歓迎する。正々堂々来てみやがれ」
 
正しいと思ったことは言葉にして良い。
一生懸命考えたことは訴えることが出来る。
他の誰かが絶対に正しいわけではない。
教育という箱に閉じ込められてきた少年はきっと、失ってしまったパイプを取り戻す。そしてその本を片手に唱えるだろう。「僕は一生懸命生きている」と。「魔界塔士サ・ガ」のエスパーがそうであるように、彼にとってその本は紛れもなく「まほうのしょ」だった。内に秘める想いを言葉という武器にして戦っていく力をくれる、魔法の本。
 
それからのその少年の未来。
彼はきっと、最初で最大の敵である「父」に勝負を挑む。
結果は、少年の成長とともに少しずつ変化していくに違いない。
 
これが「サ・ガ」ならきっと少年はその本を使いきってしまう。でも、これはゲームじゃない。CPUにはできなくても、生身の少年になら"それ"はできる。きっとできる。
 
松本人志という天才が書いたその本に、大人である僕は魅力を感じない。でも、それでいい。
だって僕は、もうその本から魔法を覚えたから。もう忘れないから。
父さんを倒し、そして父さんは仲間になった。
なんだかお決まりのストーリーみたいだ。
 
でも、僕はもう魔法を覚えたから。
思春期にその本に出会ったことで。

 


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