
「瀧河!」
大湊は睨みつけるような視線をピッチに向けたまま、隣に座るサブメンバーが飛び上がるのではないかというほどの大声で叫んだ。
「はぁ~い」
瀧河耀太(タキガワヨウタ)はけだるそうな声で返事をし、ピッチの脇で行っていたアップを切り上げ大湊のもとへ向かった。所属するサッカー部の監督である大湊に対し、耀太はそのストレート過ぎる表現や、いつ何時も緩むことの無い目付きと表情に、相対しづらい苦手とする感情を抱いていたが、しかし一方でその優れた戦術眼に一目置いているのもまた事実だった。むしろ、耀太にとって大湊は接しづらい人間だったとしても、煙たがるような扱いは毛頭する気にはなれない人物。それが耀太の中での大湊であった。
耀太にとって大湊を無視できない存在になったのはそう遠い昔のことではない。12歳の誕生日を間近に控えた時期に、交通事故で生死をさ迷う経験をした耀太は、命の確保と引き換えに利き足である右足に大きな怪我を負った。若さもあり、複雑骨折を起こしていた耀太の右足は半年という長い期間を経て無事完治したものの、皮肉にも小学生低学年から続けていたサッカーへの情熱を奪われる結果となった。
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体も小さく筋力の元々弱い耀太にとって、半年ものブランクを開けた体を駆使して打ち込むほどの価値は見出だせないもの。それが耀太にとって自分とサッカーとの位置付けだった。結局、多少の名残を感じながらも、耀太は「まあいいか」というなんとも意気込みの無い自分に驚きながら、自らの意思で中学のサッカー部には入らなかった。
誕生日の遅い耀太は、半年という文字通り骨休めという時間を過ごせば、自ずとその
間に中学へ進学することになる。自分の足が完治した頃には、既に新入部員という組
織が出来上がっていており、転校生の自分がそこに後から入るのも億劫だと感じたのも、入部をためらった一つの要因だった。
しかし、そんな耀太に目を付けたのが松ノ瀬中で体育教師の傍らサッカー部の顧問を任されていた大湊だった。
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